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1月, 2024の投稿を表示しています

「ゆっくりでいいよ」と思う2024年問題

 2024年問題というのが騒がれている。法改正による労働時間規制によって、物流業界の人手が不足する。輸送力が低下し、2024年には14.2%、2030年には34.1%不足するとの試算もある。 大きな話は苦手なのだけれど、個人向け宅配については、「もっとゆっくりでいいよ」とも思う。Amazonとか、早すぎて驚くときもある。発送しました、という通知でお知らせされる届日予定より1日早かったりするし。 急いでいる商品である場合もあるけれど、多くはゆっくりでいいんですよね。「ゆっくりでもいいよ」みたいな配送オプションがあったら、何となくいいかもしれないな、と思うんだけど。

週間を習慣化する(2)

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 昨日の投稿でゲーム化した習慣化アプリ Habiticaを紹介した。 1月のはじめから使っているので1か月くらいになるのだけれど、コツコツやってきた経験値がたまってレベル10になったので、ゲーム上新展開を迎えた。 転職ができるらしい。4つから選ぶとのこと。 第1、治療師。自分自身とパーティーの仲間を回復させたり守ったりするスキル。「体質」の能力値が上がるそう。ふむふむ。 第2。魔道士。ボスにダメージを与えるスキルで、「知能」の能力に恩恵があるそう。魔道と知能はなんか合っているイメージがありますね。 第3。盗賊。ゴールドやランダムな落し物を見つけやすくなるという。「知覚」の能力値に恩恵があるようだ。なるほど。 最後に第4、戦士。会心の一撃が成功しやすく、ダメージが稼げる。「力」の能力値に恩恵という戦士のイメージぴったりの性能だ。 うーむと少し悩んだところで、盗賊に決定。アイテムが手に入るのが楽しそうなので。 「転職した!」「わかった!」というのがちょっとかわいい。このあたりは翻訳していることが影響しているのでしょう。 ともかく、今日から盗賊に転職することができました。ちゃんちゃん。

習慣を習慣化する

 今年からいくつかのことを「習慣」にしたいと思っている。で、それはそれで今日まで続いている。 私自身は「継続」が苦手なタイプで、興味もすぐに移り変わってしまうので、計画を立てても全然意味がなかったり、という感じになりがちだった。だけど、まあ、いい大人なので、自分でやるべきことを明確にして、やるべきことをしっかりやっていこう、と決心したのが2024年だ。 で、うまくいっている理由の一つは、「仕組み」を導入したことだろう。そんなに仰々しいものではなくて、タスク管理のアプリを入れてみた。Habitica である。 Habitica - Gamify Your Life 副題の"Gamify Your Life"の通り、日常をRPG風にしてしまう、という設計。「習慣」と「日課」と「To Do」の3つを登録することができ、それをこなしていくことで「経験値」が溜まり、「レベルアップ」するというものだ。 「習慣」は、続けたいこと、あるいはやめたい(けれどやめられない)ことを登録する。「プラス」の続けたいことはやった時に経験値が得られ、「マイナス」のやめたいことは、やった時に「体力」が減少する。体力がなくなるとアバターが倒れ、大きなマイナスになる。 「日課」は、毎日や特定の曜日、X日ごとなどと設定することができる。これはやった時に経験値が得られるほか、やる日の設定になっているのにやることができなければ、これも体力が減少する。私はここに、「毎日」の設定でたくさんのやるべきことを入れている。英文読解、英単語、英語日記、読書、ブログ公開、とかね。 で、最後に「To Do」がやるべきことの設定で、締め切りの設定も可能。また、通知の設定も細かくできるので、締切の2日前、1日前、当日とそれぞれ通知が来るようにできる。私も締切系の仕事はここに登録しておき、また、試験を受けたい、といったこれから先の予定も入れていて、1ヶ月ごとくらいに通知が来るようにしてある。 経験値がもらえるとレベルアップして機能が追加されたり、経験値とともに得られるゴールドで、アバターを飾りつけたりペットを飼ったりできる。Gamificationは、ゲームをやることだけに注力してしまうと本末転倒だけれど、そもそもタスクをしっかりやることで得られる成果をゲーム化しているため、ゲームだけにはならない設計。ゲーム...

英語日記を続けていく(8)

 今日のテーマは、Do you have a daily routine?  I have three daily routines to improve my English skills. First, I write in this English diary. Second, I read 'The Intellectual Devotional,' one page per day. Third, I study English words for the TOEIC test. ということで、3つの英語学習を1月1日から続けて、とりあえず今まで継続できている。 1つ目が英語日記。 1月21日付記事 で書いた通り、 アルクの教材 から。質問が掲げられているので「何を書いたらいいだろう」がなくなるし、3行程度なので、とりあえず書いてみよう、が十分通用する。これは年間で続けていきたい。 2つ目に英文読解。これは 1月2日付記事 で紹介したが、1日1ページの教養が身につく、みたいな本。気軽に読める英文量だが、単語も勉強になるレベルの文章ではあるので、自分のレベルに合っているかも。自分の中に予備知識があるテーマだったら読みやすいっていうのもあるし、さまざまなことを知っていることって大事だなあ、と思う。 3つ目に、TOEICに向けた英単語学習。これは 1月3日 に取り上げていて、その時は「まあ目標みたいなのがあったほうが取り組みやすいかな、と思って、あえて試験対策系の教材にしてみた」と書いていたが、せっかくだしTOEICを受けてみようかなーとも思っている。大学時代に一度だけ受けたのだけど、自分の力試しと、対外的に自分の能力を証明するためには、試験というのは大切かもしれないですね。

英語日記を続けていく(7)

 今日のテーマは "Who pops up in your mind right now?" The person who comes to mind right now is Soshina, a Japanese comedian and a member of Shimofuri Myo-jo. I recently watched Soshina's solo talk live video on his YouTube channel. 粗品の「電池の切れかけた蟹」を最近見ている。

英語日記を続けていく(6)

今日のテーマは"Spring, summer, fall or winter; what is your favorite season?" My favorite season is fall. I particularly enjoy persimmons, known as Kaki, and fall is the best season for them. 柿が好きです。一番果物の中で好きですね。この日記を書くために調べて、柿がKakiで良いことを知った。日本の「柿」というイメージが英語圏でも認識されているということか。

英語日記を続けていく(5)

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 今日は"What made you laugh the most today?"というテーマ。 こんな風に書いてみた。 A few days ago, I ordered a guitar effects pedal online, and I received it today. I laughed when I opened the package, thinking, 'What a tiny body!' I hadn't checked it in detail when I ordered it, but it's called the 'Nano Pedal.' サウンドハウスさんで注文していたギターエフェクターが届いた。注文したのはコレ。 ROWIN ( ローウィン ) >Nano COMP コンプレッサー|サウンドハウス コンプレッサーが欲しいなって思っていて、それで、安いものを探してこれに出会った。説明文は以下の通り。ROWIN ( ローウィン ) / Nano COMP 価格とサイズに驚かされるRowinのNanoシリーズの中でも、私が最も衝撃を受けたモデルです。まずノイズの少なさ。結構強めにかけても気になるノイズが出てきません!エフェクトOFFじゃないよなって何度も見てしまうほど。さらにかかり具合の幅も広く、ポコポコとしたパーカッシブなサウンドから、癖の無いオーディオライクなコンプまで思いのまま!コストパフォーマンス最高のペダルタイプ・コンプレッサーだと思います! まあ、ふつうに"Nano COMP"って書いてあるし、サイズ感は使用動画などで気づけたはずなんだけどなー。買ってみて、開けたらこんな感じ。 ふむふむ、金色がきれいだ。持つとこんな感じ。 小さい……!!!かわいらしいですね。このかわいさを生かすためにも、そもそも演奏技術を磨きたいところ。がんばりましょう。

英語日記を続けていく(4)

 今日のテーマは"Do you have a personal motto?" My personal motto enriches my own life and expresses my responsibility as a teacher: 'It's not a problem if you can't do it; the problem is if you don't try.' 関連して、昨年ある教育誌に掲載された論考において、このように書いたことがある。 そうした授業観の編み直しの中で、私が見つけたことのひとつが、生徒たちが「できないことを叱られすぎてきた」という実態である。学校は、何かと「できないこと」を指導的に指摘し、「できる」ように改善を図る。むろん、多くのことは「できる」方が 「できない」よりもよいけれども、「できない」ことを繰り返し叱責されることは、生徒から学びたいという意識を奪いうることに気づき始めた。そこで私は、自分の授業の在り方のひとつに、「できないことに対しては叱らない。やらないことに対しては生徒の声を聴く」を位置づけることにした。この 思いは、今も持ち続けている。 (「困難」なのは誰なのか) いま、できないことは成長の前提だ。それが問題なのではない。その思いを大切に、教育も、自分が生きることも、やっていくのだ。

英語日記を続けていく(3)

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 今日は"What is your theme song?"というテーマ。こんな風に書いてみた。 My theme song is 'Beautiful Day' by U2. It has a great rhythm and melody. The lyrics,' It's a beautiful day / Don't let it get away', really empower me. 世界的なヒットナンバーなので、私が改めて解説する必要もないけれども、演奏も、歌声も、ほんとうにすばらしい。メッセージからも、本当にempowerされる。 思えば、1年目や2年目、仕事に苦労していた時、朝の通勤時に聴いていたのがこの曲だった。最近は「ながら日経」のようなニュースポッドキャストを聴くことが多いので、U2を聴きながら出勤することからは離れていたけれども、生きていく日々の1日1日を'Beautiful Day'にするための工夫は、案外、そういうところにあるのかもしれない。

英語日記を続けていく(2)

前回の続き。ChatGPTには、次のように指示をして、毎日 "Theme"と"My essay"を投稿している。 You are an talented English teacher. I am a student. I am willing to improve my English writing skills and I will see you "theme" and my short English essay. You should check my English essay. If there are grammar mistakes or words misuse, you should point out and explain why that is incorrect, and alternative expressions. この前はこんな感じ。テーマは"Is there anything that is just non-negotiable for you?" だったので、以下の通り、草稿を送った。 My essay: "When I eat noodle dishes, it is non-negotiable for me that my noodles are firm. I would like a chewy texture of noodles. I usually make my noodles firmer than normal, ramen, pasta, and even instant ramen." 返ってきた回答は以下の通り。 ChatGPT Let's review your essay on the theme "Is there anything that is just non-negotiable for you?": "When I eat noodle dishes, it is non-negotiable for me that my noodles are firm. I prefer a chewy texture. I usually cook m...

英語日記を続けていく

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2024年にはじめたことのひとつが、英語日記。 Q&A Diary 英語で3行日記 というアルクの教材を買ってみた。一日1つ、質問としてテーマが掲げられているので、それにしたがっていけば日記になるというもの。とりあえず20日以上続いている。 たとえば、1月1日はこんな感じ。 Where would you like to visit the most? I would most like to visit Seoul, South Korea. I am a fan of K-POP starts, including Twice and LE SSERAFIM, making Seoul the most fascinating place for me. 2日目はこんなテーマだった。 If you could cry on anyone's shoulder, whose would it be? I wouldn't prefer to lean on anyone's shoulder. Instead, I'd like to work through things on my own, enjoying my favorite pastimes such as reading books or appreciating something delicious like sushi. 途中にはこんなテーマでも書いた。 Do you believe in fortune-telling? I don't believe in fortune-telling. I prefer to do my best to create my fortunes, regardless of what any fortune-telling may suggest. 今日は、こんな感じ。 Do you like spicy food? I like some kinds of spicy food. In particular, I like kimchi and Shin-Ramen. Shin-Ramen is a very spicy instant noodle dish from Korea. まずは質問に対して草稿...

趣味は何ですか?という問い

 趣味は何ですか?と問われると、困る。特にないんだよな。 本を読むことはいえるかも。家にはたくさん本がある。けれども、読書が趣味だ、というと、意外と小説を想定されることが多く、いや、そういうのでは……となってしまう。 ギターは高校時代ほんとちょっとかじったけれど……改めてやってみようかなあ。

発熱日記(5)

 発熱のまま1週間が終わった。正確には下がってはいるのだが、感染症なので、静養は静養である。 それで、こんなにも仕事から離れて休むことができるのは、こういう場面だけなのではないか、とも気づき、絶望的な気持ちになった。長期休業だってあるけれど、そういう時期は時間があるしもっと授業のこと考えよう、ってなるし。 まあ、今回の自宅療養中も業務の連絡は来ていたわけで、「仕事から離れて」ではなかったけれど。 明日からは通常通り、もろもろ、がんばっていきたい。

発熱日記(4)

 体調不良がらみの記憶から、またひとつ。 小学校くらいに喘息を起こすようになって、小児科によく通ったのだが、小5、小6で2度にわたって悪化し、短期間だが入院したことがある。 そういうこともあって、身体は弱かったのだけれど、ちょうどそのころ、小学校の中学年加工学年くらいのときに、健康診断で前回よりも体重が減ったということがあった。 別に何ともなかったんだけど、すごく心配された。親にも連絡がいったらしい。そりゃそうだけど、なんか不憫である。

発熱日記(3)

小児科をめぐる記憶でもう一つ。 小児科から家までの道の途中に、トンネルがあった。オレンジの電灯が点いているタイプのトンネル。 小児科に向かうときは、元気がないからあまり記憶に残らないが、帰りはそうではない。帰りは元気になっていて、「やっと帰れる!」となっている。それで、車に乗せられ、オレンジの電灯が光るトンネルを通って、マクドナルドを持ち帰り、帰る。 だから私は今でも、オレンジの電灯のつくトンネルを通ると、少しうれしい気持ちになる。

発熱日記(2)

小学生くらいまで、ひどく病弱だった。喘息の症状がひどくて、小児科に通うような日々だった。 小児科では、夕方の時間を過ごすことが多くて、ずっとNHKがかかっていた。クインテットとかいつもみてた。点滴治療を受けることが多くて、時間がかかる。病院の本棚にあったドラえもんの漫画は全て読んでしまった。 病院の帰りには、よく、快気祝いとして、マクドナルドのハンバーガーを食べた。むろん、もっと栄養の良いものを、とは今にしては思うけれども、忙しい中、そして作っても食べれるのかどうかわからないなか、安くてすぐ手に入り、そして子供が現に欲しがっているものがマクドナルドにあったのだろう。 だから、私の記憶の中では、マクドナルドは病み上がりに食べるイメージがある。今でもそうだ。そして、今、無性に、マクドナルドが食べたい。 もう少しかかりそうだ。

発熱日記

 発熱。しんどい。39度になる発熱と重くのしかかる頭痛。 通院の結果、コロナウイルスだった。残念です。まずは安静にだがしんどくておきあがれない。こんなにキツいんだ。

学習会が終わった

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 学習会 「男性性」の課題と市民性教育が終了しました。企画者である私自身も、たくさんのことを学ぶことができました。ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。心より感謝申し上げます。 振り返りは後日行なうので、とりあえず、奈辺報告分から一部を掲載いたします。

情報の学習をもっと進めたい

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世の中では「共通テスト」。「易化」という珍しい語句がネット上に多く散布される時期である。 教育政策の世界では、いわゆる新しい学習指導要領の3年目となるのが、来年度であって、それで共通テストも大きく変わる。必修科目の置き方が大きく変わった国語、地理歴史、公民などは大きく変わるし、新科目「情報」が追加されるのも注目される。 「情報」が大学入試において共通に問われるべき教科・科目であるかは議論があるけれども、情報関連の知識や技能が、さまざまな場面で役立ったり、知識や技能があるから、できること、やりたいことのアイディアがわく、という側面は明らかにある。 私も詳しくならないとな、ということで、2024年の目標の一つに、「基本情報技術者」の合格を掲げることにする。数年前にITパスポートは取ったので。 出張に乗じて大型書店で時間を過ごし、テキストも買ってみた( 『ニュースペックテキスト 基本情報技術者 2024年度』TAC出版、2023年 )。英語と情報に強くなろう、というのが今年の目標となりそうだ。

伝わらない

ある研究会が終わった。 授業実践を紹介する。強い気持ちがあって取り組んだ実践なので気合は入る。 それが伝わったという実感。と同時に、「どうしてそんなことになってしまうのか」と思える質問も受ける。伝えたい、伝わらないというもどかしさ。伝えたい相手に、伝わらない。これに向き合っていく。これが「引き受ける」ということなのだと思う。

わかりあうということ(2)

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今日は「エンパシー」について書こうと思ったが、改めて三島について。 大学時代は、たぶん自分の中にも「男性性」 をめぐる葛藤があって、あえて言えば「強い男性」になろうとしていた、なるべきだと考えていた時代だったように思う。だからこそ、三島のエッセイに惹かれていたわけだが、当時からも、三島への態度は、「戦い」のようなものだった。 三島が焚き付ける言説に対して、近寄ろうとしても、近寄れない感じ。なろうとすることと、なれないこと、いや、なりたくないかもしれない、と思うことの狭間に私の生き様が左右されていたように思う。むろんそれは、ある種今でも続いているし、この悩みを自覚できたことは、本当に価値あることだったとは思う。 それで、引き続き『不道徳教育講座』より。太宰について、「弱さ」をめぐる議論を展開する箇所。 彼(太宰)は弱さを最大の財産にして、弱い青年子女の同情共感を惹き、はてはその悪影響で、「強いほうがわるい」というようなまちがった劣等感まで人に与えて、そのために太宰の弟子の田中英光などという、お人よしの元オリンピック選手の巨漢は、自分が肉体的に強いのは文学的才能のないことだとカンチガイして、太宰のあとを追って自殺してしまいました。これは弱者が強者をいじめ、ついに殺してしまった怖るべき実例です。 / ところで私は、こういう実例を、生物界の法則に反したデカダンな例とみとめます。(65頁) 改めて、「酷い」言説だなと思う。ニーチェのキリスト批判だと思えば、決して新しくはない議論なのだけれど、「弱さ」を「最大の財産にして」という難癖じみた言い方。弱くてもいいじゃないか、というあり方はそこで真っ向から否定されているし、であるからこそ、「弱さ」のようなものを抱えている(と自分では思っていた)私にとっては、突きつけられた言葉として読み取られた。 それで、難しい問題なのは、当時は「そうだよな」と思ったこと。私たちは強くなければいけない。「弱さ」を晒すのは「デカダンな例」だ、と。だから私は「強く」ありたいし、「強く」なければならないと思う。本気でそう信じていたし、そのために行動≒模索していた。 それから、私は、「弱さ」の価値について、認識を改めていくことになるのである。(続)

わかりあうということ(1)

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大学時代、三島由紀夫のエッセイをよく読んでいた。当時はわたしも「強い男性」になるべきなのではないか、という規範に自我を揺らがされている時期だった。  三島由紀夫はいう。  どんなに醜悪であろうと、自分の真実の姿を告白して、それによって真実の姿をみとめてもらい、あわよくば真実の姿のままで愛してもらおうなどと考えるのは、甘い考えで、人生をなめてかかった考えです。というのは、どんな人間でも、その真実の姿などというものは、不気味で、愛することの決してできないものだからです。これにはおそらく、ほとんど一つの例外もありません。(三島由紀夫『不道徳教育講座』角川文庫、改版1999年、201頁。)   とはいっても、わたしたちは、自分のそのままの思いを、そのままの自分そのものを、丸ごと理解されたいと願う。丸ごと愛してほしいと願う。それが、「甘い考えで、人生をなめてかかった考え」だとしても。   わかってほしいと思っているけれど、どうがんばっても、わたしたちは、他人にまるごとわかってもらうことはできない。そのままの感情というものは、絶対に認識できないものであるばかりか、「不気味で、愛することの決してできない」グロテスクなものなのだ。   じゃあ、どうするか。   わたしたちは、「わかってもらう」ことをあきらめたらよいだろうか。わたしの感情とあなたの感情は違う。それだけだ。わかり合うもクソもない。   こんな結論を飲めばいいだろうか。   わたしは、いやだ。   いやなのだ。  たぶんわたしが生きていることは、この「わかりたい」という思いを、どのようにすれば実現させることができるのか、果たして本当に「わかりあう」ことなどできるのか、諦めるべきなのか、そうした問いと格闘するためにささげられている。その過程で出会ったのが、「エンパシー」という概念だった。(続)

社会の隙間とトットちゃん

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窓ぎわのトットちゃんを読んだ。映画が公開されて話題になっている、黒柳徹子が「問題児」として小学校を「退学」となり、その後に入ったトモエ学園での自由な日々を描いた作品だ。 特殊な学校であるために、公教育が全体に「トモエ学園」のようになることができない。けれども、少なくとも私は、公教育に身を置くものとして、学ぶものが多かった読書になった。 一つには、トットちゃんが、初めて学校を訪れるシーン。 トットちゃんは、とってもうれしそうにいった。 「よかった。じゃ、おねがい。私、この学校に入りたいの」 校長先生は、椅子をトットちゃんにすすめると、ママのほうを向いていった。 「じゃ、僕は、これからトットちゃんと話がありますから、もう、お帰りくださって結構です」 ほんのちょっとの間、トットちゃんは、少し心細い気がしたけど、なんとなく、(この校長先生とならいいや)と思った。ママはいさぎよく先生にいった。 「じゃ、よろしく、お願いします」 そして、ドアを閉めて出ていった。 校長先生は、トットちゃんの前に椅子をひっぱって来て、とても近い位置に、むかい合わせに腰をかけると、こういった。 「さあ、なんでも、先生に話してごらん。話したいこと、全部」(33-34) そして、トットちゃんは、いろんなことを、一生懸命に話す。そして、話をして、話をして、ついに話すことがなくなってしまう。 どう考えてみても、本当に、話は、もう無くなった。トットちゃんは、(少し悲しい)と思った。トットちゃんが、そう思ったとき、先生が 立ち上がった。そして、トットちゃんの頭に、大きくて暖かい手を置くと   「じゃ、これで、君は、この学校の生徒だよ」   そういった。……そのとき、トットちゃんは、なんだか、生まれて初めて、本当に好きな人に逢ったような気がした。だって、生まれてから今日まで、こんな長い時間、自分の話を聞いてくれた人は、いなかったんだもの。そして、その長い時間のあいだ、一度だって、あくびをしたり、退屈そうにしないで、トットちゃんが話してるのと同じように、身をのり出して、一生懸命、聞いてくれたんだもの。(36-37) 今の社会に、これほどまでに「人の話を聞く」ことができる隙間は、どこにあるだろうか。 話をすること、話を聞くことは、簡単なようでいて難しいし、ありふれているようで貴重である。こうしたこと...

男性性を探究する

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 1月14日、オンライン学習会をやります。 わたしは主催・報告者として、男性性の構築性とその解体について、教育に求められる意味を考察するとともに、実践に即しながら、教師が自分の実存を「引き受ける」ことの重要性を提案する予定です。奮ってご参加ください。 オンライン学習会のご案内 「男性性」をめぐる課題と市民性教育 1月14日(日)19:00-21:00  男性は「不器用」で「乱暴」で「口下手」なのでしょうか? 男性は「力強くあるべき」なのでしょうか? 男性はいつ、どのように「男性らしく」なるでしょうか。それとも、生まれつき「男とはこういうもの」なのでしょうか。  こうした男性性に着目した問いを探究することは、性の多様性やジェンダー論への関心が高まっている現代社会において、ますます重要になってきています。そこで本研究会では、書籍や映画を素材として、男性性に関わる問いを検討することを通じて、あらゆる人が生きやすく、そして生きたいと思える社会をつくっていける教育実践の在り方を皆さんとともに考えていきたいと考えています。 報告者  ①奈辺真理(@nahenshinri)「男性性の形成過程と市民教育としての課題:レイチェル・ギーザ『ボーイズ:男の子はなぜ「男らしく」育つのか』のブックレビューを通じて」  ②急須(@social_teapod)「ウーマン・トーキングの中に見る『男性』表象と『男性としてのわたし』」 対象  趣旨に関心をお持ちで男性性の問いを考えたいという方すべて(教育関係者・教職志望者・そのほか立場は問いません) 申し込み   以下のForm に必要事項を入力してお申し込みください。開催日前日までにメールにてZOOMのURL等をご連絡いたします。 留意事項  本名・顔出しは任意です。  取り上げる書籍・映画が未読・未視聴でもお気軽にご参加ください。 問い合わせ:奈辺真理(nahenshinri@gmail.com)

R80という方法論

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教員アカウントのタイムラインで見かけた教育方法が書籍になっていることを発見した。それは「R80」という方法だ。( 中島博司『R80:自分の考えをパッと80字で書けるようになるメソッド』 飛鳥新社、2023年) RはReflection / Restructure つまり「反省 / 再構築」の意で、80は「80字」以内、ということ。要は学習後のまとめについて、80字以内でまとめるというメソッドだ。 方法論は非常に明快で、学習後のまとめに行なう「振り返り・まとめ」について(1)80字以内でまとめる、(2)2文で書き、文と文の間には接続詞を入れる、というもの。これによって、学習内容をまとめとして整理できるだけでなく、論理的な文章を書く練習にもなり、思考力が高められる、という寸法だ。 そもそもは高校・日本史の教師だった中島博司氏が発明した方法で、校長として、そして民間講師として広めているようだ。 書くことの指導においては、「型」のようなものがあるとむしろ書きやすくなることも多いので、有効な方法と思い、魅力的だと感じる。ただ、根本的な設計思想として、「正解」が見えやすい「受験学力」の向上を強く意識している点には注意が必要だろう。また、「80字」という字数設定のおかげで苦手な者にとっても書き始めやすく、ポイントを絞らなければならないために情報を整理してまとめる力の育成には寄与しうるものの、同時にそれは理解の単純化をもたらしうることにも留意する必要はあろう。歴史の因果関係などについても、単純化のきらいがあるために、実践者の工夫が必要であろうし、私などが公民科の中で取り組むような、自分の中の「もやもや」や「逡巡」「悩み」などを発露させるようなライティング課題の設定とは、相性が悪いだろう。 一方で、誰にでも取り入れやすそうな、魅力的な実践であることも事実だ。私もどこかで取り入れてみようか。なお、実践に関する情報は、茨城県茨城県立並木中等教育学校のホームページ 以下よりアクセス可能 である。

情報化と教師の働き方

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情報化が進み、特にクラウドサービスがこんなに広がると、教師の働き方がまったく変化していくな、と実感している。 私のふだんの業務も、成績処理・出席入力のような職場のシステムでしかできないものは一部にあるにせよ、多くは「どこでもできる」仕事になっている。授業プリントや配布物は、Office 365 でwordやexcelなどソフトをどの端末からでも呼び出せるし、そもそも課題物はGoogle Workspace の諸機能で管理しているから、自宅でも作業ができる。ちょっと高度にデザイン性のある仕事やPDFの管理にはAdobe Creative Cloudの諸ソフトを呼び出して業務を進められる。 ところで、こうした雑務は、相当程度、「自動化」できる仕組みがあると省力化できることがわかりはじめている。OfficeでいうとVBAとか、Google でいうとGASとか。こうした仕組みを新たに学ぶことは、「初期投資」として時間や労力がかかってしまうけれども、長期的に見ると間違いなくよい、と思っている。私も 高橋宜成『詳解! Google Apps Script 完全入門 第3版』(秀和システム、2021年) などで勉強してきたけれど、結局、触ってみながら、調べながらやるとなんとか形になったりする。 さて、雑務がどこでもできる仕事になってきていることもあって、「残業しなければならない雑務」ではなくなってきている。だけれど、残業が多いのはなぜなんだろうね。そして、こういう、仕事がどこでもできることは、ワーク・ライフバランスからすれば、喜ばしいことなんだろうか。私としては、かなり業務とそうではないことの線引きが相当程度薄まっているような実感があるのだけれど、これは幸福と呼ぶべき状況なんだろうか?

ChatGPTの衝撃

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昨年(2023年)に教育現場の話題をかっさらったものの一つが、生成AI、ChatGPTだろう。 簡単なユーザー登録で利用が可能で、プログラミングの知識を要求しないAI。日本語でも使用できて、日常言語で指示を与えることができて、仕事をしてくれる。この登場で、校務ではどう使えるだろうか、というアイディアも、授業でどう使おうか、というアイディアも、宿題で、課題で、勉強で、という議論がたくさん出た。 私自身も現場で色々なシーンで使っていたが、議論の中でちょっと問題も感じていた。校務系で提案されていたアイディアの中には、個人情報の観点から問題を感じる例もあったし、生徒が活用する場面では、基本的な論点として、保護者同意などの基本的な手続きがちゃんとなされているべきだ、という指摘もあった。宿題や課題を丸投げしてしまうことも問題とかね。 一方で、使ってみた人にとっては、「なんかうまくいかない」という思いを抱いた人も多いのだろう。そのため、書籍でも雑誌でもWEB講座でも、ChatGPTをどう活かすか、という情報が大量に流されている。それで役に立つことも多いし、うまく使えるようになれれば良いけれども、私が中でも勉強になったのは、 スティーヴン・ウルフラム『ChatGPTの頭の中』(ハヤカワ新書、2023年) 。本書の特徴は、筆者自身が自動応答システムの開発に携わる専門家であること。本書はOpen AIのCEOサム・アルトマンも推薦したそうだが、専門家の立場から、ChatGPTの仕組みと技術について根本的なところから説明している。 使い方を習得するためには、ハウトゥーだけではなくて、仕組みをしっかり理解すること。これはどんな場面でも活用できる視点かもしれない。

AIと人間の違い

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 毎年読んでいる「最新教育動向」。 教育の未来を研究する会『最新教育動向 2024』(明治図書、2024年) の冒頭は、AIやDXといったデジタルに係るテーマに紙幅が割かれている。 教育現場ではGIGAスクール構想が、不慮のコロナ禍に出遭って加速するという形でデジタル化が進んだけれども、できている学校 / そうではない学校の差が開いている。同時に、すべてはデジタルに置き換わるわけではなくて、人間が果たすべき役割、人間が人間たる価値についても、再定義を迫られつつ、それは失われてはいない。 AIが人間のすべてを代替するわけではない、しかし代替されるために「生き残れない」人間もいる――というような「生存戦略」みたいな言説には、なんとなく乗れない。生き残るとか残れないとかの前に、人間は生きているし、生きていくし、生きている意味があるのだ。そういう根本的なことは揺らがしてはいけないと思う。 だから、少し前に流行った 新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社、2018年) のような議論も、注意が必要と思う。だいたい、学習者が意外と「読めていない」のではないか、という感覚は教育現場にいればそう珍しくない気づきだし、そうだから「生き残れない」という議論でもないように思う。 じゃあ、必要な議論とは? 直観的には、人間ができる文化的な「享受」という側面、そして人間が引き受ける「倫理」がカギになってくるように思っているが、この話は今後改めて。

「学ぶ目標」の難しさ

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外国語学習の話が続いて恐縮だが、英単語を学びなおそうと思っていて、昨年から少しずつ進めている。 それで、まあ目標みたいなのがあったほうが取り組みやすいかな、と思って、あえて試験対策系の教材にしてみた。 これ、 TEX加藤『TOEIC L&R TEST 出る単特急 金の1000問』 (朝日新聞出版、2023年)。 TOEIC単語帳として非常に売れているそうで、なるほど扱いやすくできている。アプリから無料音声が聞けて、速度変更なども簡単なので便利だ。 それで、目標がある方が取り組みやすいかな、と思って試験対策系にしたのだが、それはそれで困ったことにもなった。 というのも、単語解説などで、「〇〇という形でよく出る」「〇〇が頻出」と、試験傾向に対する言及が連発する。 むろん、試験対策本なのだからそれが適切だし、そういうものなのだけれど、そしてそれを選んだのは自分なのだけれど(だからこの参考書そのものには何も罪はない)、「学びたいのは試験のためだけではない」というモヤモヤも。 で、これって意外と授業の中でも起きうることなのかも。 何らかの目標に向けて学習を進めることは大切なことだし、ゴールの見えない学習は往々にして苦痛だ。 しかし一方で、何をするわけでもない、何になるわけでもない、何の意味があるのかよくわからない、そういう「余裕のある」時間を過ごすことで、得られることも、またあると思うのだ。

毎日コツコツ英文読解

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毎日続けていきたいと思う勉強のひとつが、英文読解。 ということで、 D. S. Kidder, N. D. Oppenheim, The Intellectual Devotional: Revive Your Mind , New York: Rodale Books, 2021. という本を用意した。1日1ページ、1テーマで教養が身につくというもの。 そう、日本語では 『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』 (文響社、2018年)として出ている。これを読んでいこう、ということです。 昨日1月1日のテーマは"Alphabet"。hieroglyphという難解すぎる文字を経て、わかりやすいものとしてゆっくりと生まれていったAlphabet が今では全世界的にさまざまな言語で使われている。ことばというのは不思議だ。

今年はブログを毎日更新したいのだ

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 新しい年になった。 年の初めに、目標を立てるということにどれほどの意味があるかはわからないけれど、とりあえず、個人的に2つ。 第一に、英語を勉強しなおしたい。 第二に、ブログを毎日更新したい。 英語については、留学だとか試験だとか、特に何か差し迫った用事があるわけではないけれど、勉強をしていきたい。というのも、 田中健一『世界が広がる英文読解』(岩波ジュニア新書、2023年) を読んでいて、外国語学習って本来楽しいものだし、学ぶことで世界が広がるよな、っていうのも改めて感じたのだ。 ブログについても、何か目指しているものが具体的にあるわけではないけれど、思考のスケッチだとしても、メモ程度の日記だとしても、自分が発信する文章があるっていうのは大事かな、と思った。「自己啓発」などと呼ばれるジャンルは普段あまり読まないが、偶然手にしていた 井上新八『続ける思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年) でも、「自分からやります宣言をする」ことの重要性を説いていた。自分がやるって決めた方が、人生はたのしくなりますね。 これからがんばりましょう。