「学ぶ目標」の難しさ

外国語学習の話が続いて恐縮だが、英単語を学びなおそうと思っていて、昨年から少しずつ進めている。
それで、まあ目標みたいなのがあったほうが取り組みやすいかな、と思って、あえて試験対策系の教材にしてみた。

これ、TEX加藤『TOEIC L&R TEST 出る単特急 金の1000問』(朝日新聞出版、2023年)。
TOEIC単語帳として非常に売れているそうで、なるほど扱いやすくできている。アプリから無料音声が聞けて、速度変更なども簡単なので便利だ。

それで、目標がある方が取り組みやすいかな、と思って試験対策系にしたのだが、それはそれで困ったことにもなった。
というのも、単語解説などで、「〇〇という形でよく出る」「〇〇が頻出」と、試験傾向に対する言及が連発する。
むろん、試験対策本なのだからそれが適切だし、そういうものなのだけれど、そしてそれを選んだのは自分なのだけれど(だからこの参考書そのものには何も罪はない)、「学びたいのは試験のためだけではない」というモヤモヤも。

で、これって意外と授業の中でも起きうることなのかも。
何らかの目標に向けて学習を進めることは大切なことだし、ゴールの見えない学習は往々にして苦痛だ。
しかし一方で、何をするわけでもない、何になるわけでもない、何の意味があるのかよくわからない、そういう「余裕のある」時間を過ごすことで、得られることも、またあると思うのだ。


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