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1月, 2023の投稿を表示しています

高校社会科教師が学術論文を読む 006

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1月16日(月) 金亜民ほか「 日本の学校における在日教員の実践と意義:在日教員のライフストーリーから 」『教育実践開発研究センター研究紀要』21号、89–98頁、2012年。  在日外国人教員5名にインタビューを行ない、その教育者としての在り方を探る論文です。アメリカのマイノリティ教育における先行研究によれば、アメリカのエスニックマイノリティは学校で否定的な教育経験を有しがちで、それが教職に就くことを敬遠させる傾向にあるとされていますが、本事例では、各教師は肯定的な出会いを通じて、あるいは否定的な出会いを通じて反面教師的に教師を目指した事例が語られています。  印象的なのは以下の記述です「在日教員は、時として意識的に在日であることを演じることもあるが、多くの場合はまず教師として子どもに向かっている。それにも関わらず、同僚や保護者からは教師であるよりも在日としてみられることがある、マジョリティには向けられないこうしたステレオタイプに、対象者たちは直接または間接に抵抗している。日本の学校や社会の異文化に対する受容度が高まれば、ある教員が在日であることは、彼または彼女の数多くの特質のひとつとして相対化されていくと考えられる」。  教師は、教育者である以前に、一人の人間であり、さまざまな背景や特性、問題意識を有しています。そうした教師の多様なあり方が尊重されていくことが、重要であると考えます。 1月17日(火) 石井克枝ほか「 フランスの味覚教育の理念を取り入れた給食指導プログラムの開発 」『日本調理科学会誌』54巻3号、147–152頁、2021年。  フランスのピュイゼによる「味覚教育」の理念を活用し、五感を用いて給食を味わうことを通じた指導プログラムの実践報告です。ピュイゼによれば、食べ物は、栄養、衛生、嗜好の3要素からなり、そのうち嗜好は、味わう人が五感を用いて初めて食べ物の味が存在するんだと言えるように、味わう人の感性が重要です。そして、味わいを認識するには五感で捉えたものを言葉で表現することが重要であるとされます。  その理念を軸に、小学校の給食指導で、献立に対して味わったことを五感に分けて記入する「感覚のワークシート」、およびその感想を記入する「味わいカード」を記入し、それを続けることでの変化を捉えます。はじめは「おいしい・おいしくない」といった総括的な言葉...

高校社会科教師が学術論文を読む 005

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1月9日(月) 秋永沙穂「 フランス第三共和政期における歴史教育をめぐる研究動向と課題 」『教育基礎学研究 』19号、77–88頁、 2021年。  表題に関する研究を整理したものです。歴史教育にとどまらず、公民、道徳教育を取り上げており、若干論点が拡散しているきらいがあるものの、それはそれで得られるものが少なくありません。  従来、第三共和政期は、フランスにおいて「国民」を「創造」することに注力した時代であり、それにより歴史教育も国民を創り出すことに寄与するものであったとされてきました。本稿では女性の立場に目を配り、以下のことを研究史から抽出しています。(1)女子中等教育の歴史教育では女子に「市民」となることが期待されていなかったこと、(2)ライシテという道徳をつくるにあたって多分にカトリック的要素が残存しており、女子教育にも影響を与えたこと、(3)小学校における市民教育では女子が市民になることへの期待もみられたこと、(4)女子師範学校において歴史教育の内容は大きく男子と違いはないものの、宗教的な背景を世俗化時代においても完全に脱したわけではなく、市民教育のプログラムでは女性に対する内容が軽めになっていること。 1月10日(火) 田中克己「 試論 『身を立て名をあげ』の現在:『仰げば尊し』・『音楽』教科書・『唱歌』教育 」『言葉と文化』4号、71–86頁、2003年。  卒業式で歌われる「仰げば尊し」ですが、2番の歌詞が戦後、音楽の教科書から消えたという事実があります。「身を立て名をあげ」という歌詞が「立身出世」を是とする価値観であり、時代錯誤という指摘によるものだとされますが、こうした歌の受容史をたどる論文です。  そもそも「仰げば尊し」は、明治期に創られた唱歌の一つですが、件の「身を立て名をあげ」は『孝経』からの引用で、「立身出世」ではなく「親孝行」を意図した文言でした。そしてそのことは、明治時代において、教師も生徒も自覚的でした。  しかし戦後になるとこの歌詞が問題視されるわけですが、その時代を昭和50年前後と見定め、その背景をいわゆる「ゆとり教育」に求めています。  文化的に「残された」ものを丁寧にたどることで時代の変化や特徴がつかめ、今自分がたつ世界が相対化できる。こうした歴史学の妙味が味わえる論文です。 1月11日(水) 三宅なほみ、三宅芳雄「 学びの...

高校社会科教師が学術論文を読む 004

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※ 今回取り上げる論文について  2日に取り上げている『思想』掲載の論文はオープンアクセスではありません。      5日に取り上げている論文情報は、たつや氏( Twitter: @ edu_tatsu )のご紹介で知ることができました。ありがとうございました。 1月2日(月) 那須敬「 革命期イングランドのオルガン破壊 」『思想』1111号、80–101頁、2016年。      「音と声の歴史学」という特集の中の一本で、イングランドの革命期における「オルガン破壊」の意義を捉えようとするものです。イングランド内戦は周知の通りキリスト教における宗派間の争いの体をもっているわけですが、その中で教会のオルガンを破壊するという動きがありました(なお、オルガンを破壊する動きはフランス革命にもあったと知られています)。  その意義を、先行研究ではピューリタニズムの禁欲主義に還元するきらいがありましたが、本稿は政治・社会の諸相をたどりながら、ピューリタニズムの「反音楽」ではなく、特権としての聖歌隊・オルガンという教会音楽の在り方と、詩篇歌をそれぞれが謡う教会音楽の在り方との対立を明らかにします。「心性」の研究のひとつとして、現代歴史学の妙味を味わえる意義深い論文です。 1月3日(火) 髙橋香苗「 女性誌のフォーマル・ファッション記事からみる母親の規範:ギャルママのファッションは逸脱なのか 」『家族研究年報』44号、 43–60頁、2019年。  本論文は、30代既婚女性のファッション誌、中でも入学式、卒業式といった母親にとってフォーマルな場面での服装規範言説を検討するものです。       検討された4誌は、言説の特徴から、比較的穏当といえる3誌とギャル系といえる1誌に分類されます。そして、子細に検討していくと、3誌は「言説において個性を強調しているが、実態としては規範的。また服装が規範的にとどまり、小物で個性を出そうとする」系傾向にあるのに対し、ギャル系誌は「言説において規範を強調しているが、実態としては個性的。また服装が個性的である一方で、小物で規範性を意識するよう呼びかけれらている」という特徴があることが解明されます。さらに、ギャル誌では人間関係や(ギャルではない一般的な)ママとのか...