高校社会科教師が学術論文を読む 002

12月19日(月)
鈴木重周「ドレフュス事件期の反ユダヤ主義とジャーナリズム:ナントの日刊紙『ロワールの灯台』をめぐって」『日本フランス語フランス文学会関東支部論集』25号、83–96頁、2016年。
 ナントで共和主義を信奉するユダヤ系フランス人が発行した日刊紙を追いかけることで、フランス系ユダヤ人が直面した実存的な苦しみを描き出そうとする論文です。父の会社を継ぎナントで日刊紙を発行する兄モーリスとパリで作家活動を行なう弟マルセル。フランス共和国を愛し、対独復讐のため科学知識を啓蒙して産業を振興に人材育成を目指す愛国的姿勢にもかかわらず、ドレフュス事件を機に孤立してゆく。
 マルセルはパリで積極的な運動は行なわず、ナントのモーリスもドレフュス派の態度表明を躊躇し続ける、その姿勢に苦悩を感じられます。

12月20日(火)
平野千果子「連鎖するディアスポラ―フランス領カリブ海からのまなざし」『武蔵大学人文学会雑誌 』52巻、1・2号、1–19頁、2021年。
 カリブ海のフランス領マルティニックとグァドループを舞台に、1848年の奴隷制廃止以降の人々の動きを描き出す論文です。二次大戦後に両島からフランスへの流入が多いこと、パリとその周辺に住むコミュニティーを「第三の島」と呼ぶことなどは寡聞にしてはじめて知りました。
 印象的なのは、1848年奴隷制廃止後に両島に流入したアフリカ人が、「肌がより黒い」ことで元奴隷から差別されていたという事実です。国民国家の単一性・均質性理解に揺らぎをもたらす事実を明らかにしています。

12月21日(水)
吉野敦ほか「フランスの道徳・公民科にかかわるデジタル・リソースの現状」『早稲田教育評論』35号、79–92頁、2021年。
 フランスでは歴史的に教師による教育の自由が重要視されており、教科書の使用も義務付けられているわけではありません。教師たちは専門職として教師の自由な教材開発が進められているわけですが、本論文はそこで教師たちのオンラインでの教材共有化の動きを公民科・道徳科の事例から紹介しています。
 ジェンダー用視聴覚教材アーカイブGenrimagesやたくさんのデジタルリソースを発信しているEMC, Partageonsなどを紹介しており、フランス語がスラスラ読めたらもっと活かせるのに……と思いました。

12月22日(木)
橋本一雄「フランス第三共和制成立期における『教育の自由』概念についての考察」『中村学園大学短期大学部研究紀要』54号、47–57頁、2022年。
 フランスにおける伝統としての教育の自由について、2004年の宗教的標章着用禁止法に触れつつその形成過程を追いかける論文です。教育の自由における2つの側面を以下の通り整理し、2004年法が後者の側面を厳格に採用したものであると位置づけます。二つとは、すなわち(1)イスラーム標章の着用を求める生徒らの宗教的自由としての教育の自由と(2)将来の共和国市民となる子どもたちを、家庭や宗教という私的な属性から解放し、「普遍的」な共和国の自由を獲得させるという教育の自由です。
 この自由の在り方の対立は、公民科教育における素材にもなりえそうです。

12月23日(金)
長谷川貴彦「エゴ・ドキュメントと歴史学: オーラル・ヒストリーとの対話に向けて」『Cosmopolis』12号、57–65頁、2018年。
 言語論的転回以降の歴史学理論に通暁した筆者が、近年勃興しているパーソナル・ナラティヴを重視する歴史学の動向を紹介する論文です。「自己」概念の問い直し、「主観性」の関心による精神分析や認知科学への接近、「大きな物語」批判の3点を特徴とするパーソナル・ナラティブの歴史学は、さまざまな歴史家の実践が蓄積されつつあります。
 しかしオーラル・ヒストリーは現代史に限定されがちであり、エゴ・ドキュメントは扱っている範囲が拡大しつつあるものの理論の彫琢は発展途上である、との見立てが提示されています。
 こののち、筆者は『エゴ・ドキュメントの歴史学』をまとめているほか、これ以前には『現代歴史学の展望』をまとめ、「転回」を承けた歴史学理論の検討を行なっています。合わせて読みたいものです。


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